比定社:重浪神社

式内社コード:276-160
神名帳社名 :重浪神社、オモナミ
社    格:小
所 在 地 :669-6127 兵庫県豊岡市畑上843
Plus Code  :JR5W+CW 豊岡市、兵庫県
※Google Mapで上記の Plus code を検索すると所在地が表示されます。

アプローチ&ロケーション

「しきなみじんじゃ」と読む、地名の畑上は「はたがみ」と読む。
畑上集落の南端の山裾に鎮座。
兵庫県道9号豊岡竹野線と兵庫県道・京都府道11号香美久美浜線(漁火ライン)が交わる交差点を南へ入る。
大トチノ木5kmという看板が目印。
集落の中を750メートルほど進むと右(西)に鳥居があるのですぐに分かる。
駐車場は無いので注意。

訪問しやすさ指数

管理人の独断による訪問しやすさの点数を付けてみました。
管理人の独断による4つの観点、秘境度・交通の至便さ・徒歩でのアプローチ状況・探索の必要性、を点数化しました。
各点数が低ければ容易、高ければ難易度が高くなります。
式内社訪問の際の参考にしていただければ幸いです。

【秘境3】社域がどのような所なのか
5:秘境度MAX、深山幽谷で野生動物に注意レベル
4:秘境度はかなりのモノ、近くに人間がいないレベル
3:かなり自然の中の神社、時々人を見るレベル
2:近くに集落があり、子供が遊んでいるレベル
1:都会の神社、誰もがフラッと入れるレベル

【交通3】交通機関の状況
5:クルマのみ、4WD車等の特殊なクルマでしか行けない険しい場所
4:クルマのみ、普通のクルマで大丈夫だが林道等の条件の厳しい道路
3:クルマのみ、普通のクルマで普通に行ける
2:電車・バス等の公共交通機関はあるが制約が多くクルマのほうがベター
1:電車・バス等の公共交通機関で容易に行ける

【徒歩1】徒歩区間の長さと難易度
5:片道30分以上歩く、坂がきつい、やぶこき必要レベル
4:歩きは20分以内、がっつりトレッキング、危険箇所あり
3:歩きは15分以内、坂や石段があって軽くトレッキング、所によっては滑りやすいとかあり
2:歩きは10分以内、トレッキング要素ありだが容易
1:歩きは5分以内、容易

【探索2】発見難易度
5:何回も訪問しないと分からないレベル
4:周辺をかなり歩き回らないと分からないレベル
3:少々見つけにくいが見つけることができるレベル
2:目印があって比較的容易に見つけることができるレベル
1:目立つのですぐ見つかるレベル

ハイライト

川の集まる場所に鎮座していること。

国指定史跡名勝天然記念物

畑上の大トチノキ
文化庁解説:
目通り幹囲7.20メートル、根囲り13.50メートルの巨木で垂直に伸び地上6メートルより西方に一大枝を出しまた地上9メートルより三本の大枝を分けている。
枝張り西へ20メートル、東へ16.60メートル東北へ17メートル、南へ15.50メートル北へ14.50メートルで樹勢きわめて旺盛でトチノキの巨木として有数なものである。

写真

重浪神社を正面より望む。鳥居と社殿は東向き。
重浪神社を正面より望む。鳥居と社殿は東向き。
右側(北)を望む。畑上集落の南端に当たる場所、向こうの方に集落が見えている。
右側(北)を望む。畑上集落の南端に当たる場所、向こうの方に集落が見えている。
左側(南)を望む。道は重浪神社の前で2つに分かれていて2つの川の合流地点。
左側(南)を望む。道は重浪神社の前で2つに分かれていて2つの川の合流地点。
重浪神社の横をさらに川沿いに進むと「畑上の大トチノキ(国指定史跡名勝天然記念物)」がある(未確認)。
重浪神社の横をさらに川沿いに進むと「畑上の大トチノキ(国指定史跡名勝天然記念物)」がある(未確認)。
道路よりも低い場所にあるのでスロープが作ってあり小川を渡るようになっている。
道路よりも低い場所にあるのでスロープが作ってあり小川を渡るようになっている。
小川に小さな橋がかかっている。このあたりは水の豊富な場所のようだ。
小川に小さな橋がかかっている。このあたりは水の豊富な場所のようだ。
小さな橋を渡ると両部鳥居。石灯籠には薦がかぶせてあり積雪から養生されている。初めて見たが大事にされている様子がうかがえる。
小さな橋を渡ると両部鳥居。石灯籠には薦がかぶせてあり積雪から養生されている。初めて見たが大事にされている様子がうかがえる。
両部鳥居をくぐると正面に山門のような割拝殿のような建物が見える。木々があって真っ直ぐ進めないのが面白い。
両部鳥居をくぐると正面に山門のような割拝殿のような建物が見える。木々があって真っ直ぐ進めないのが面白い。
左手には手水鉢。凍っている。
左手には手水鉢。凍っている。
山門のような割拝殿のような建物を正面より望む。建物の真ん中が通路になっている。
山門のような割拝殿のような建物を正面より望む。建物の真ん中が通路になっている。
山門のような割拝殿のような建物の内部には囲炉裏がしつらえてある。落書きがいっぱいだがいい感じ。
山門のような割拝殿のような建物の内部には囲炉裏がしつらえてある。落書きがいっぱいだがいい感じ。
山門のような割拝殿のような建物を過ぎると社殿のある場所。山裾に鎮座するのが分かる。
山門のような割拝殿のような建物を過ぎると社殿のある場所。山裾に鎮座するのが分かる。
山門のような割拝殿のような建物から右側を望む。多数の摂社末社が長屋形式の覆屋にキッチリおさめられている。
山門のような割拝殿のような建物から右側を望む。多数の摂社末社が長屋形式の覆屋にキッチリおさめられている。
山門のような割拝殿のような建物から左側を望む。社殿の左は巨大な岩、これが御船岩なのだろうか。
山門のような割拝殿のような建物から左側を望む。社殿の左は巨大な岩、これが御船岩なのだろうか。
覆屋に入った本殿を正面より望む。左右に控えるのは薦をかぶった狛犬。
覆屋に入った本殿を正面より望む。左右に控えるのは薦をかぶった狛犬。
覆屋に入った本殿を右側より望む。
覆屋に入った本殿を右側より望む。
覆屋に入った本殿を左側より望む。
覆屋に入った本殿を左側より望む。
薦をかぶった右側の狛犬、阿形。
薦をかぶった右側の狛犬、阿形。
薦をかぶった左側の狛犬、吽形。なんだか可愛らしい。
薦をかぶった左側の狛犬、吽形。なんだか可愛らしい。
覆屋内部の本殿を望む。嘉永3年(1850年)の建築と思われる、風雪で色あせているが状態は悪くない。
覆屋内部の本殿を望む。嘉永3年(1850年)の建築と思われる、風雪で色あせているが状態は悪くない。
本殿の扁額には「上津大明神」とある。
本殿の扁額には「上津大明神」とある。
覆屋内の本殿横から正面を望む。
覆屋内の本殿横から正面を望む。
覆屋に入った本殿より正面を望む。山門のような割拝殿のような建物は引き戸があり片側が開いているようだ。
覆屋に入った本殿より正面を望む。山門のような割拝殿のような建物は引き戸があり片側が開いているようだ。
本殿の左側にある巨石。かなり大きい、これが御船岩なのかどうかは不明。
本殿の左側にある巨石。かなり大きい、これが御船岩なのかどうかは不明。
山門のような割拝殿のような建物から正面を望む。木々に遮られて鳥居が見えない…。
山門のような割拝殿のような建物から正面を望む。木々に遮られて鳥居が見えない…。
手水鉢のところから鳥居を望む。正面は山だ。
手水鉢のところから鳥居を望む。正面は山だ。

感想

由緒書はないので詳細不明。


「延喜式神社の調査」によると以下のデータが残る(追加修正あり)。

ご祭神は、物部韓国連神津主命。
 また次の説もあるようだ。
  表津綿積神『神祇志料』。
  上津綿積神『特選神名牒』。

推古天皇25年(617年)12月創祀。
白鳳3年(674年)久々比命祠を建立(修正)。
承応年間(1652~1655年)村内火災で社殿類焼(修正)。
寛保3年(1743年)本殿再建(修正)。
文政3年(1820年)造営。
嘉永3年(1850年)造営。
明治6年(1873年)村社。

推古帝の頃の城崎郡司である神津主命が父である物部韓国連墾磨命を祀り、後に城崎郡司となった久々比命がその父である楮主(かみつ)命を祀ったとされる。
その祭祀場所である「敷浪の丘」から社名を「重浪」と書いて「しきなみ」と読ませている。
現在も社殿左傍に巨岩が安置されている。標縄が巨岩の周囲に引きわたされ清浄な雰囲気を醸し出している。岩は上表面は長径約6m、横径約4mのやや凹凸ある平坦面にして地上よりの高さ約2m。神霊来臨の聖地を岩石で築き上げた磐境と思われる。

とある。


兵庫県神社庁によると

主祭神:物部韓国連神津主命(モノオベカラクニムラジカミツヌシノミコト)

社伝によると推古天皇25年(617年)12月、物部韓国連神津主命が城崎郡司となり、その父・物部韓国連墾磨命を墾谷丘の物部の宮に祀った。
天武天皇白鳳3年(674年、修正)6月久久比命が城崎郡司となり、その父・楮主(かみつ)命を敷浪の丘に葬り祠を建てて祀ったとき、共に祭祀を受け、重浪神社と称したという。
よって重浪は、敷浪(しきなみ)の転訛ということになる。
一説には、往古は湖水滔々として、社近くまで水に浸り、浪が寄せていた場所と云われ、境内に御船岩のある由縁とも。
この御船岩は磐境であり祭神が天降りましし時、ここに船を繋いだという。
よって、この磐を天磐船と考え、但馬国造の祖である饒速日命を祭神とする説もある。

とある。


重浪神社のある当地は、気比川流域の北に開けた谷の南最奥部にあたる。
当地で何本かの川が合流し気比川となって流れ出ている地域。
当地より北へ谷を進めば気比・津居山湾、東へ三原峠を越えれば久美浜、西へ飯谷峠を越えれば楽々浦へ通じる。
重浪神社のある場所は山間地だが意外と標高低く16メートルほど、浪が寄せていたとの由緒もあり得ることと感じた。
現代の感覚からは想像できないが、当地は街道や水運が非常に便利な場所だったと思われる。
山間地や谷の奥によくある鉱物や鉄の存在はあまり感じれない。
また当地より2.5kmほど南の山中に畑上の大トチノキ(国指定史跡名勝天然記念物)がある(未確認)。

重浪神社のご祭神は、物部韓国連神津主命。
由緒を少し整理すると親子関係は次のようになるようだ。
物部韓国連墾磨命 → 物部韓国連神津主命 → 物部韓国連久々比命
先に子の神津主命が、父の墾磨命を祀り、その後に孫の久々比命が合わせて神津主命を祀ったということだろうと思う。
重浪神社の西1.2kmほどの場所に式内社の韓國神社があり、物部韓國連真鳥命・物部韓國連懇麿命が祀られていて、当地周辺は物部氏の影響下にあったのだろうと思われ、ご祭神についても関連があるのかもしれない。

重浪神社へのアプローチは比較的分かりやすい。
兵庫県道9号豊岡竹野線と兵庫県道・京都府道11号香美久美浜線(漁火ライン)が交わる交差点を南へ入る。
この交差点には「大トチノ木 5km」という看板が出ているので目印になる。
集落の中を750メートルほど進むと川沿いの道になり、橋のかかる三差路の右(西)に鳥居があるのですぐに分かる。
集落の中の道は狭いので注意が必要、駐車場は無いので周辺に駐車するしかない。

重浪神社は川が合流する地点に東向きに両部鳥居がある。
訪問したのは雪の積もる季節だったが、重浪神社の周辺は川や水路のたくさんある場所で水が豊かな印象。
道路からは少し低いレベルに社域がありスロープが作ってあり小さな橋を渡る。
両部鳥居前の薦をかぶせた石灯籠が印象的、地域に大事にされていて冬の積雪期にしか見れないと思う。
両部鳥居をくぐると古木が何本か生えているのだが、面白いことに木々のため山門まで一直線に進めない。
でも素晴らしい社域だ。
山門のような割拝殿のような建物は真ん中が通路になっていて片側には囲炉裏がある、反対側は戸が開け放してある。
山門のような割拝殿のような建物を進むと正面に覆屋に入った本殿がある。
本殿前の狛犬も薦がかぶせられていて、なかなか可愛らしい風情を見せている。
覆屋の周りには雪よけのシートが張られており雪深い地域であることを改めて感じさせる。
覆屋に入った本殿は嘉永3年(1850年)の建築と思われる、風雪で色あせているが状態は悪くない。
本殿の扁額には「上津大明神」とある、これはご祭神の神津主命よりきているのではないだろうか(個人的見解です)。
重浪神社の場合、ご祭神が神津・上津(扁額より)で字が変化している、神社名は重浪・敷浪(由緒より)で変化しており、やはり読みというか発音が重要だと感じた次第である。
覆屋に入った本殿の左(南)には平べったい巨石が鎮座している。
この巨石が由緒にある御船岩なのだろうか。
地域に大事にされている様子が見て取れ、非常に良い雰囲気の社域、ぜひ夏にも訪問してみたい。

物部韓国連を祀る非常に良い雰囲気の神社。

注意点

集落の中の道は狭いので注意が必要。
駐車場は無いので注意。

訪問ノート

訪問日 :2022/1/16
交通手段:クルマで訪問
カメラ :α7M3 + FE16-35mm F2.8 GM

各種式内社データへのリンク

御祭神等の詳細データは以下をご参照ください。

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