269-010_大宮売神社

比定社:大宮売神社

式内社コード:269-010
神名帳社名:大宮売神社 二座、オホミヤノメノ
社格:名神大
所在地:629-2503 京都府京丹後市大宮町周枳1020
plus code:H4R2+FP 京丹後市、京都府
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アプローチ&ロケーション

神社名の大宮売神社は「おおみやめじんじゃ」と読む、また地名の周枳は「すき」と読む。
周枳集落の中央の平地に鎮座。
京都府道656号間人大宮線沿いに一の鳥居と社標があり分かりやすい。
現在の参道は府道より150メートルほど続いており駐車場は参道の終わり神社前にある。
弥生時代の遺跡があり当地が古くから(弥生時代前期)祭祀の場所であったようだ。
駐車場完備。

ハイライト

古代丹後における中心地であったと思われる当社の立地。
丹後独特の長い参道。

国指定重要文化財

石燈籠
鎌倉時代の作品。

国指定重要文化財

石燈籠
鎌倉時代の作品。
「徳治二年〈丁/未〉三月七日大願主□□」の刻銘がある

写真

大宮売神社の一の鳥居を望む。一の鳥居は社殿より南西へ150メートルの位置にあり京都府道656号間人大宮線沿いにある。
大宮売神社の一の鳥居を望む。一の鳥居は社殿より南西へ150メートルの位置にあり京都府道656号間人大宮線沿いにある。
右側(南東)を望む。
右側(南東)を望む。
左側(北西)を望む。周囲は人家・田畑となっている。
左側(北西)を望む。周囲は人家・田畑となっている。
一の鳥居脇の社標には式内 名神大 大宮賣神社二座とある。二座とあるのが素晴らしい。
一の鳥居脇の社標には式内 名神大 大宮賣神社二座とある。二座とあるのが素晴らしい。
京都府の古代祭祀史跡に指定されている。
京都府の古代祭祀史跡に指定されている。
丹波国大嘗祭主基斎田跡とある。
丹波国大嘗祭主基斎田跡とある。
一の鳥居をくぐると150メートルほど参道が続いている。灯籠は新しいが景色は昔とそれほど変わっていないのではないだろうか。
一の鳥居をくぐると150メートルほど参道が続いている。灯籠は新しいが景色は昔とそれほど変わっていないのではないだろうか。
参道を進むと二の鳥居が見えてくる。二の鳥居の前に小さな川と池を渡る様になっている。
参道を進むと二の鳥居が見えてくる。二の鳥居の前に小さな川と池を渡る様になっている。
二の鳥居の左手には駐車場がある。
二の鳥居の左手には駐車場がある。
二の鳥居の手前左側には一の手水舎。
二の鳥居の手前左側には一の手水舎。
神社謹製の由緒書。ご祭神は大宮賣神(あめのうずめの神)、若宮売神(とようけの神)。創建は明らかではないとある。国の重要文化財指定の春日型石燈篭二基がある。
神社謹製の由緒書。ご祭神は大宮賣神(あめのうずめの神)、若宮売神(とようけの神)。創建は明らかではないとある。国の重要文化財指定の春日型石燈篭二基がある。
二の鳥居をくぐると拝殿前の広場。屋根付きの石灯籠が国指定重要文化財の春日型石燈篭。
二の鳥居をくぐると拝殿前の広場。屋根付きの石灯籠が国指定重要文化財の春日型石燈篭。
左手には二の手水舎。
左手には二の手水舎。
右側には社務所、旧本殿がある。
右側には社務所、旧本殿がある。
左側には社叢や摂社末社がある。
左側には社叢や摂社末社がある。
その左には参集殿のような建物。
その左には参集殿のような建物。
参集殿の内部には無形文化財の指定の額がある。三番曳・笹ばやし・神楽とある。
参集殿の内部には無形文化財の指定の額がある。三番曳・笹ばやし・神楽とある。
国指定重要文化財の石灯籠。
国指定重要文化財の石灯籠。
国指定重要文化財の石灯籠。その2。
国指定重要文化財の石灯籠。その2。
拝殿を左側より望む。
拝殿を左側より望む。
拝殿内部。きれいに保たれている。
拝殿内部。きれいに保たれている。
拝殿と本殿を右側より望む。現在の拝殿と本殿は昭和2年の丹後大地震で被害を受け、昭和5年に再建されたもの。本殿は残念ながら垣と覆いが付いて見ることができない。
拝殿と本殿を右側より望む。現在の拝殿と本殿は昭和2年の北丹後地震で被害を受け、昭和5年に再建されたもの。本殿は残念ながら垣と覆いが付いて見ることができない。
こちらは旧本殿。昭和2年の丹後大地震で被害を受け修復されたものだろう。元禄年間の建築だと思われる。
こちらは旧本殿。昭和2年の北丹後地震で被害を受け修復されたものだろう。元禄年間の建築だと思われる。
本殿の後ろ側は禁足の杜となっている。
本殿の後ろ側は禁足の杜となっている。
拝殿より二の鳥居を望む。長い参道が見える。
拝殿より二の鳥居を望む。長い参道が見える。

感想

神社謹製の由緒書によると

延喜式内名神大 大宮売神社二座
祭神 大宮賣神(あめのうずめの神) 若宮売神(とようけの神)
 当宮の創立年代は、詳らかではない。境内から出土する多数の祭器 遺物により明らかな様に、神牡としての社ができる以前に、古代の政(まつりごと)がおこなわれていた地である。遠き弥生時代の頃には、既に人々のくらしがあり、祭祀、呪術的な力をもつ国の、祭政の中心地であつた。(境内全域京都府古代祭祀史跡指定)
 六世紀の頃、大和王朝に統一された大宮売神は、宮中八神の一柱として、また造酒司(みきつかさ)の神に奉斉され、この神を祀る最も古い社である。
平城天皇、大同元年(八〇六)に大宮売神に神領二千五〇〇石、若宮売神に一五〇〇石の神封が充てられ、「三代実緑」貞観元年正月(八五九)の条に、大宮売神に従五位上の神階を綬位している。現存の小野道風書と伝える古額に正一位大宮売大明神、従一位若宮売大明神とあり、平安時代末頃には神階が昇叙されている。御神像二体は、平安初期の木彫である。
 「丹後国田数帳」によると三十町五反十歩の神領があり、中世の頃祭儀は盛大を極め、鎌倉時代(徳治二年刻銘)に建立された、重要文化財指定の春日型石燈篭二基が献燈されている。
現在の忠霊社は旧本殿で元録八年の建築、町指定文化財となつている。
宵宮、例祭には古くから京都府無形民俗文化財の、笹ばやし、神楽、三番叟、太刀振りが奉納され、わざおぎの神、文化発展、子孫繁栄の守護神として、崇敬も篤く神威誠に顕著なものがある。

とある

創建は明らかではない。
大和朝廷の力の及ぶはるか以前の弥生時代より当地は有力な国家(国と呼ぶのが適切かどうか不明)があり、その政や祭祀が当社の場所で行われてきたという壮大な物語がある。
ご祭神は延喜式神名帳の「大宮売神社 二座」とあるように大宮賣神(おおみやめのかみ)、若宮売神(わかみやめのかみ)の2柱を祀る。
大宮賣神は宮中に祀られた神として有名、天鈿女命であるかどうかは諸説あるようだ。
若宮売神については詳しいことは不明。

いずれにしても大和朝廷としては当社を重要な神社であると認定し延喜式神名帳に記載、名神大の格を与えた。
それにはどういった理由があったのだろうか。
当地は様々な分野の文化レベルが高く、例えば稲作や製鉄そして交易等々に秀でていたのだろうと思われる。
大陸からの文化も入りやすく当時の最先端の文化を持っていた当地の神を大いに重要視したのだろうか。

社域は広く、参道は南へ150メートルほど続いている。
社殿は拝殿と本殿で構成され昭和5年の再建(昭和2年の北丹後地震で被害)ということだ。
社域は非常に手入れが行き届き気持ち良く参拝できる。

注意点

特になし。

訪問ノート

訪問日:2019/5/5
交通手段:クルマで訪問
カメラ:RX100M3

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