262-080_摩氣神社

比定社:摩氣神社

式内社コード:262-080
神名帳社名:麻気神社、マケノ
社格:名神大
所在地:622-0062 京都府南丹市園部町竹井宮ノ谷3
plus code:3CQG+MR 南丹市、京都府
※Google Mapで上記の Plus codeを検索すると表示されます。

アプローチ&ロケーション

竹井の集落の胎金寺山の北側の谷の一番奥に鎮座。
社殿が北向きで非常に珍しい。
園部川を越え400メートルほど北側の京都府道・大阪府道54号園部能勢線沿いに神社の入り口があり社標と石灯籠がある。
北東2.2kmの場所に御旅所がある。
社域には数多くの建物がありどれも見応えがある。
駐車場完備。

ハイライト

茅葺の本殿の覆屋、時期によるが苔むして非常に見ごたえがある。

写真

摩氣神社を正面から望む。神社自体は北を向いていて珍しい。右手に駐車場がある。
摩氣神社を正面から望む。神社自体は北を向いていて珍しい。右手に駐車場がある。
社標には延喜式内社とある。その左の掟書のような看板は全く読めない…。
社標には延喜式内社とある。その左の掟書のような看板は全く読めない…。
鳥居越しに山門を望む。寛文十二年(西暦1672年)小出吉久の建立になる。
鳥居越しに山門を望む。寛文十二年(西暦1672年)小出吉久の建立になる。
鳥居をくぐると立派な山門が見えてくる。
鳥居をくぐると立派な山門が見えてくる。
南丹市教育委員会謹製の由緒書。式内社で名神大社、摩氣十一ヵ村の総社とある。
南丹市教育委員会謹製の由緒書。式内社で名神大社、摩氣十一ヵ村の総社とある。
お寺のような山門となっていて、かつて胎金寺があったことが影響しているのかもしれない。
お寺のような山門となっていて、かつて胎金寺があったことが影響しているのかもしれない。
山門より拝殿を望む。ひとつひとつの建物が骨太というか質実剛健な印象を受ける。
山門より拝殿を望む。ひとつひとつの建物が骨太というか質実剛健な印象を受ける。
山門をくぐり茅葺の拝殿を望む。下乗とある、このあたりで馬を降りたのだろうか。
山門をくぐり茅葺の拝殿を望む。下乗とある、このあたりで馬を降りたのだろうか。
右手には社務所がある。社域はきれいに保たれていて良い感じ。
右手には社務所がある。社域はきれいに保たれていて良い感じ。
拝殿を正面から望む。拝殿の茅葺は最近葺き替えられたようだ、真新しい。
拝殿を正面から望む。拝殿の茅葺は最近葺き替えられたようだ、真新しい。
拝殿と覆屋に入った本殿を右側から望む。茅葺に苔むした感じがなんとも言えない雰囲気を醸し出している。
拝殿と覆屋に入った本殿を右側から望む。茅葺に苔むした感じがなんとも言えない雰囲気を醸し出している。
中央の苔むした覆屋に入っているのが本殿。左右に大きな摂社を構える形式となっている。
中央の苔むした覆屋に入っているのが本殿。左右に大きな摂社を構える形式となっている。
覆屋に入った本殿を左側から望む。
覆屋に入った本殿を左側から望む。
本殿と摂社は覆屋の屋根が重なった状態になっている。中の本殿と摂社は離れている、あまり見ない作り。
本殿と摂社は覆屋の屋根が重なった状態になっている。中の本殿と摂社は離れている、あまり見ない作り。
苔むした覆屋に入った本殿を正面より望む。非常に良い雰囲気だ。
苔むした覆屋に入った本殿を正面より望む。非常に良い雰囲気だ。
本殿を正面より望む。シンプルで質実剛健な印象、宝暦年間に再建されたもの。
本殿を正面より望む。シンプルで質実剛健な印象、宝暦年間に再建されたもの。
本殿を右側から望む。本殿そのものはこけら葺き一間社流造。
本殿を右側から望む。本殿そのものはこけら葺き一間社流造。
西摂社を望む。切妻造で八神を祀る。
西摂社を望む。切妻造で八神を祀る。
東摂社を望む。こちらも切妻造で六神を祀る。
東摂社を望む。こちらも切妻造で六神を祀る。
本殿より拝殿を望む。右手には絵馬舎があり、それは前の拝殿だったそうだ。
本殿より拝殿を望む。右手には絵馬舎があり、それは前の拝殿だったそうだ。
拝殿には五三の桐のご神紋がある。
拝殿には五三の桐のご神紋がある。
本殿の右の西拝殿の覆屋の屋根は葺き替えられている。左の東拝殿はまだのようだ。
本殿の右の西拝殿の覆屋の屋根は葺き替えられている。左の東拝殿はまだのようだ。
これは別の時期の写真。寒い時期に行くと茅葺で苔に覆われた屋根から氷柱が伸びている様子も見ることができる。
これは別の時期の写真。寒い時期に行くと茅葺で苔に覆われた屋根から氷柱が伸びている様子も見ることができる。
園部川を越え400メートルほど北側の京都府道・大阪府道54号園部能勢線沿いに神社の入り口があり社標と石灯籠がある。
園部川を越え400メートルほど北側の京都府道・大阪府道54号園部能勢線沿いに神社の入り口があり社標と石灯籠がある。
社標には式内名神大社とある。街道筋まで参道が伸びていたのだろう。
社標には式内名神大社とある。街道筋まで参道が伸びていたのだろう。

感想

由緒書きによると(南丹市教育委員会による)

摩氣神社は「延喜式」神名帳にその名がみえ、船井郡の名神大社と記されている。摩氣十一ヵ村の総社とされ、本殿は、北を向いて建てられている。永暦三年(西暦1079年)白河天皇が当社に行幸された折、社殿一円修造の上、「船井第一摩氣大社」の勅願を賜ったと伝えられる。江戸時代には園部藩主小出氏の累代の祈願所となった。宝暦十一年(西暦1761年)に火災に遭ったが、その六年後には、藩主小出英持によって本殿・摂社等が再建された。
当神社の主な例祭は、六月に行われる「お田植祭り」や十月中旬に行われる「神幸祭」などがある。

祭神
大御饌津彦命

中略

本殿・摂社
本殿は大型の一間社流造で丹波のみならず京都府下においても、規模の大きさからいって一間社としては最大のものである。向拝も一間であるが、中備として中央に三斗を置いて両脇に蟇股を飾る。妻飾りは二重虹梁大瓶束で、大蟇股を配し、大瓶束に水流形の笈形をあしらって見所をつくる。また虹梁木鼻等の絵様も明和期にしては比較的おとなしく、江戸後期にあって、伝統的な神社建築の流れを受け継ぐ遺構といえる。なお、大工は播州加東郡嶋村から来ている。
摂社は本殿と同時期の造立になり、形式は例の少ない切妻造で、ほとんど装飾のない簡単な作りをもつ。東摂社が六神、西摂社は八神を祀る。
絵馬舎
絵馬舎は旧の拝殿で、宝暦十一年(西暦1761年)火災後の明和四年(西暦1767年)に小出英持が建立した。建立以来、昭和初期まで拝殿であったが、拝殿の新築に伴ない移築し、絵馬舎として再用された。板敷きの吹放しの建物で、もとは茅葺で妻を正面に向けて建てられていた。

神門・鳥居
神門は、文化五年(西暦1808年)小出英筠によって建立されたもので、旧は茅葺であり、組物に尾垂木付二手先を用いい、木鼻を透彫として虹梁には派手な波型絵様を彫るなど文化期の特徴を示している。
鳥居は、寛文十二年(西暦1672年)小出吉久の建立になる。

とある

大変手入れの行き届いており、落ち着いた雰囲気で気持ちの良い社域。
特に本殿の覆屋、拝殿は茅葺で他には無い雰囲気を持っている(宝暦年間の再建)。
中央の本殿は一間社流造でこけら葺き、かなり大きく迫力がある。
維持管理の苦労が偲ばれる。

創建は不明とのことだが、園部川沿いの地域は早くから開けた地域で農業には深く関係していると思われる。
ご祭神は食物に関係する神であるし、神事も農事をあらわしたものが今でも伝わる。
かつては胎金寺が明治期の神仏分離までは存在していたようだがその痕跡はない。

注意点

特になし。

訪問ノート

訪問日:2018/3/11
交通手段:クルマで訪問
カメラ:DMC-TZ60、α7M3 + FE16-35mm F2.8 GM

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