272-020_石部神社(山東町滝田)

比定社:石部神社(山東町滝田)

式内社コード:272-020
神名帳社名:朝来石部神社、アサコノイソベノ
社格:小
所在地:669-5101 兵庫県朝来市山東町滝田559
plus code:8VGH+7F 朝来市、兵庫県
※Google Mapで上記の Plus codeを検索すると表示されます。

アプローチ&ロケーション

いしべじんじゃと読む。
滝田集落の北の中腹に鎮座。
JR山陰線の梁瀬駅より西へ400メートルほどの線路沿いに石灯籠と社標があるので分かりやすい。
かつては福知山と和田山を結ぶ街道筋(山陰道)に面していたと思われる。
階段は苔むしており滑りやすく非常に危険なので要注意。
駐車場は無いので注意。

ハイライト

石部と磯部。

写真

石部神社を正面より望む。
石部神社を正面より望む。
右側(東)を望む。目の前にはJR山陰本線、この方向は梁瀬駅方向、400メートルほど。駐車場は無いので周辺の道路に駐車するしか無い。
右側(東)を望む。目の前にはJR山陰本線、この方向は梁瀬駅方向、400メートルほど。駐車場は無いので周辺の道路に駐車するしか無い。
正面(南)を望む。すぐ前にJR山陰本線、その向こうに国道9号線、そのまた向こうに与布土川がある。
正面(南)を望む。すぐ前にJR山陰本線、その向こうに国道9号線、そのまた向こうに与布土川がある。
左側(西)を望む。この方向は和田山方面。
左側(西)を望む。この方向は和田山方面。
入り口の社標には式内とある。
入り口の社標には式内とある。
入り口にある神社謹製の由緒書。別名「鞠の宮」または「山王社」ともいうということらしい。
入り口にある神社謹製の由緒書。別名「鞠の宮」または「山王社」ともいうということらしい。
簡易舗装の参道を進むと砂防ダムの工事で参道が分断されていた。鳥居のある場所は石組みされているのが分かる。
簡易舗装の参道を進むと砂防ダムの工事で参道が分断されていた。鳥居のある場所は石組みされているのが分かる。
鳥居を望む。
鳥居を望む。
鳥居をくぐると苔むした長い石段がある。滑りやすく非常に危険なので十分に注意してほしい。
鳥居をくぐると苔むした長い石段がある。滑りやすく非常に危険なので十分に注意してほしい。
石段を登りきると正面に覆屋に入った本殿がある。
石段を登りきると正面に覆屋に入った本殿がある。
右側には手水舎。
右側には手水舎。
覆屋に入った本殿を右側より望む。ここにも社標があり式内とある。
覆屋に入った本殿を右側より望む。ここにも社標があり式内とある。
覆屋に入った本殿を正面より望む。2本の古木が印象的。
覆屋に入った本殿を正面より望む。2本の古木が印象的。
覆屋にある扁額には式内・石部神社とある。
覆屋にある扁額には式内・石部神社とある。
覆屋に入った本殿を右側より望む。
覆屋に入った本殿を右側より望む。
覆屋に入った本殿を左側より望む。
覆屋に入った本殿を左側より望む。
右の新しい石灯籠の左の石碑は珍しい形状をしている。
右の新しい石灯籠の左の石碑は珍しい形状をしている。
覆屋に入った本殿の前には石灯籠や石碑が多数並ぶ。
覆屋に入った本殿の前には石灯籠や石碑が多数並ぶ。
石段が猛烈に滑るので十分に注意されたし。特に下る際は危険、管理人は滑って数段落ちたが怪我はなかった。
石段が猛烈に滑るので十分に注意されたし。特に下る際は危険、管理人は滑って数段落ちたが怪我はなかった。
危険な石段を下り鳥居まで降りてきてほっと一安心。
危険な石段を下り鳥居まで降りてきてほっと一安心。
鳥居より道路までは簡易舗装のコンクリートの参道。
鳥居より道路までは簡易舗装のコンクリートの参道。

感想

神社謹製の由緒書によると

式内石部神社
 石部神杜は村社で滝田村の北、石部山の麓に鎮座する延喜式内社である。正しくは磯部神社で別名「鞠の宮」または「山王社」ともいう。
磯部とは土地の名ではなくその土地の地形を指している。滝田の場合、東側の鞠の田や畑と、西の桑原側の金谷谷の田や畑の真中に突き出た山裾のことを磯部といい、その上にあるお宮である関係で磯部神社と呼んでいた。鞠の宮と呼ぶのは鞠の地名からくるものであり、山王社と呼ぶのは山王権現を祀る山王社があることから別名があると考えられる。
 明治三十五年六月に奥野義一氏が記述した「石部神社古老伝説」によると、本社祭神は大己貴命(大国主命)で山王権現または万里の宮といい、往古は近郷七ヶ村の土産神ですこぶる繁栄を極めたという。社殿背後の円形の小丘は、その墳墓である。元禄七年(一六九四)に文化年中社殿を改造するのに際して前記の小丘を半ば破壊した時、土中より多くの素焼きの壷もしくは皿に類するものが出土した。これらの社地を拡張するために更に小丘を取り壊したところ親指大の黄金の像が出土した。以後それを石部神社の「ご神体」として毎年当番が引継保管し宮祭りの当日には本殿にまつり、同日に子供神輿で滝田、大垣、下町の区内を子供、親、役員等で盛大に巡行し、さらに引渡しの日には会場の神棚にまつる等氏子で引渡しの儀式を行う古来の慣例は平成の今も氏子によって引き継がれている。
平成二十九年二月

とある

資料の少ない神社、ほとんど何も分からない。
現代では神社の入り口がすぐ線路のそばだったりするが、もちろん昔はそんなものは無かった。
とすると、神社の前に山陰道が通り街道に面していたということが想像できる。

訪ねた時には神社の右側の砂防ダムの工事中で、参道を工事用の道路が横切るようになっていた。
石段は苔むしており非常に滑りやすく非常に危険なので注意してほしい。
管理人は下る際に滑って何段か落ちてしまった(怪我なし)。

社域は広くはないが様々な石碑や石灯籠があり地域の尊崇の厚さが伺える。
よく手入れされており気持ち良く参拝できる。
社殿は覆屋に入った本殿のみの最もシンプルな形、拝殿前の2本の木が印象的だ。

注意点

駐車場は無いので注意。
苔むした参道の石段は非常に滑りやすいので注意。

訪問ノート

訪問日:2019/6/29
交通手段:クルマで訪問
カメラ:RX100M3

各種式内社データへのリンク

御祭神等の詳細データは以下をご参照ください。

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