265-030_天照玉命神社

比定社:天照玉命神社

式内社コード:265-030
神名帳社名:天照玉命神社、アマテルタマノ-
社格:小
所在地:620-0953 京都府福知山市今安961
plus code:73XR+3G 福知山市、京都府
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アプローチ&ロケーション

あまてるたまのみことじんじゃと読む。
今安の集落の中の平地に鎮座。
周囲は田畑と人家で裏はすぐ和久川となっており堤防となっている。
思うに洪水とかは無かったのだろうか、和久川はおとなしい川だったのだろうか。
神社前に駐車スペースがある。

ハイライト

享保年間に作られた校倉造の宝庫。

写真

天照玉命神社を正面より望む。神社の前には小さな川が流れている、神社の後方はすぐ和久川が流れている。
天照玉命神社を正面より望む。神社の前には小さな川が流れている、神社の後方はすぐ和久川が流れている。
右側(北東)を望む。周辺は人家と田畑、神社前に駐車スペースがある。
右側(北東)を望む。周辺は人家と田畑、神社前に駐車スペースがある。
左側(南西)を望む。この辺り一帯は遺跡が多く古くから開けていた地域のようだ。
左側(南西)を望む。この辺り一帯は遺跡が多く古くから開けていた地域のようだ。
社標には郷社とある。
社標には郷社とある。
神社謹製の由緒書。ご祭神は丹波国造の先祖の天日明命とある。
神社謹製の由緒書。ご祭神は丹波国造の先祖の天日明命とある。
鳥居をくぐると広場となっていて正面に拝殿がある。社域には巨木が多い。すぐ後ろに和久川が流れており、その堤防で少し高くなっているのが分かる。
鳥居をくぐると広場となっていて正面に拝殿がある。社域には巨木が多い。すぐ後ろに和久川が流れており、その堤防で少し高くなっているのが分かる。
拝殿の脇にある神社謹製の由緒書。内容は石碑よりも少し詳しいが年代が不正確。
拝殿の脇にある神社謹製の由緒書。内容は石碑よりも少し詳しいが年代が不正確。
本殿を右側から望む。拝殿から本殿への一連の作りはキッチリとしたもの。
本殿を右側から望む。拝殿から本殿への一連の作りはキッチリとしたもの。
本殿を右側から望む。彫り物組物が施してあるのが分かる。本殿は大正九年の建築。
本殿を右側から望む。彫り物組物が施してあるのが分かる。本殿は大正九年の建築。
本殿を左側から望む。大正期の建築で比較的新しく状態は非常に良い。
本殿を左側から望む。大正期の建築で比較的新しく状態は非常に良い。
拝殿本殿の左側には摂社末社がある。本殿後方の盛り上がりは和久川の堤防。
拝殿本殿の左側には摂社末社がある。本殿後方の盛り上がりは和久川の堤防。
享保十四年に作られたという校倉造の宝庫。意外と小さい。
享保十四年に作られたという校倉造の宝庫。意外と小さい。

感想

神社謹製の由緒書によると

祭神は天火明命(饒速日命)社格は元郷社延喜式内の古社で天田四座の一にして創建は人皇第十三代成務天皇(四世紀)の御代丹波国造大倉岐命が宗家の祖先を祀られたものである その後戦国時代の混乱と荒廃により一時期衰微していたが承応二年(一六五二)時藩主松平主殿守忠房公は崇敬の念特に篤く同年十一月荘厳な本殿及び拝殿を建立された
現在の建物は大正九年氏子の寄進により三ケ年の歳月を費やして再建したものである
尚本殿西に現存の校倉造の宝庫は近在唯一のもので享保十四年(一七一六)の造営によるもので非常に高い文化資料と称されている
当神社は五穀豊饒(穂明)神としても名高く豊富庄を中心とした十三地区民の崇敬をあつめ雨乞いの練り込みは今もって我々の記憶に新である
例祭は十月十日
丹波忠重朝臣の和歌
大江山昔のあとの絶えせぬば
天照神もあわれとや見む
天照玉命神社社務所
※補足:承応二年=1653年
※補足:享保十四年=1729年

とある

 

神社謹製の石碑によると

天照玉命神社
祭神
丹波国造の先祖天日明命 別名天照国照彦火明天櫛玉饒速日命
祭礼
十月十日
社殿境内 徳川時代神祇崇敬の念深かった福知山藩主により社殿造営社領寄進絶えず祈雨五穀豊穣病気平癒等の祈願所となり特に承応二年(一六五三)藩主松平忠房公は荘厳な本殿拝殿を修造した
現在の社殿は大正九年(一九二〇)三ヵ年の歳月を費やして再建されたもの本殿西の校倉造の宝庫は享保十四年(一七二九)に建立された近在では唯一のもので高度な文化的価値を持つ
本殿西側には他に八神社東側には九神社の小宮を祭る 社格制度制定により明治五年(一八七二)郡内首位として郷社に列れられ爾来近郷の総氏神として崇敬されている

とある

なかなかに興味深い神社。
創建についても諸説あるようだが、成務天皇の時代に丹波国造大倉岐命が宗家の祖先を祀ったとある。
天照玉命神社という名称や丹波国造の関係だと思うが元伊勢という説もあるようだ。
また雨乞いの神様としても有名だったようだ。

和久川流域のこの地域は古くから開けていたようで遺跡がたくさんある。
それだけに天照玉命神社の鎮座は古く、そして当地に根付いていて、それが現代にも続いているのではないかと想像を巡らすのだった。
そして農作物の生育を願って雨乞いの祈りも捧げられたのだろう。
社域には大木・巨木も数多くある。
本殿は大正九年に再建されたものとあり状態も非常に良い。
大切にしたい神社だと思った。

注意点

特になし。

訪問ノート

訪問日:2018/7/21
交通手段:クルマで訪問
カメラ:RX100

各種式内社データへのリンク

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