266-060_(論)大川神社(綾部市栗町上村)

比定社:(論)大川神社(綾部市栗町上村)

式内社コード:266-060
神名帳社名 :佐陁神社、サタノ
社    格:小
所 在 地 :623-0222 京都府綾部市栗町上村
Plus Code  :867H+XP 綾部市、京都府
※Google Mapで上記の Plus codeを検索すると表示されます。

アプローチ&ロケーション

「おおかわじんじゃ」と読む、地名の栗町は「くりまち」と読む。
栗町集落の東の端の小高い丘の上に鎮座。
京都府道74号舞鶴綾部福知山線より北へ栗町上村の集落に入る大川神社前のバス停が目印。
集落の中の道路は狭小で注意が必要。
神社横に駐車可能。

訪問しやすさ指数

管理人の独断による訪問しやすさの点数を付けてみました。
管理人の独断による4つの観点、秘境度・交通の至便さ・徒歩でのアプローチ状況・探索の必要性、を点数化しました。
各点数が低ければ容易、高ければ難易度が高くなります。
式内社訪問の際の参考にしていただければ幸いです。

【秘境2】社域がどのような所なのか
5:秘境度MAX、深山幽谷で野生動物に注意レベル
4:秘境度はかなりのモノ、近くに人間がいないレベル
3:かなり自然の中の神社、時々人を見るレベル
2:近くに集落があり、子供が遊んでいるレベル
1:都会の神社、誰もがフラッと入れるレベル

【交通2】交通機関の状況
5:クルマのみ、4WD車等の特殊なクルマでしか行けない険しい場所
4:クルマのみ、普通のクルマで大丈夫だが林道等の条件の厳しい道路
3:クルマのみ、普通のクルマで普通に行ける
2:電車・バス等の公共交通機関はあるが制約が多くクルマのほうがベター
1:電車・バス等の公共交通機関で容易に行ける

【徒歩1】徒歩区間の長さと難易度
5:片道30分以上歩く、坂がきつい、やぶこき必要レベル
4:歩きは20分以内、がっつりトレッキング、危険箇所あり
3:歩きは15分以内、坂や石段があって軽くトレッキング、所によっては滑りやすいとかあり
2:歩きは10分以内、トレッキング要素ありだが容易
1:歩きは5分以内、容易

【探索3】発見難易度
5:何回も訪問しないと分からないレベル
4:周辺をかなり歩き回らないと分からないレベル
3:少々見つけにくいが見つけることができるレベル
2:目印があって比較的容易に見つけることができるレベル
1:目立つのですぐ見つかるレベル

ハイライト

美しい拝殿。
本殿の立派な彫り物と組物。

写真

神社自体は西を向いている、短いが鳥居までの参道がある。
神社自体は西を向いている、短いが鳥居までの参道がある。
右側(東)を望む、神社横に駐車が可能。周辺は人家と田畑で集落の中の道は狭い。
右側(東)を望む、神社横に駐車が可能。周辺は人家と田畑で集落の中の道は狭い。
左側(北)を望む、奥にはまだ人家がたくさんある。
左側(北)を望む、奥にはまだ人家がたくさんある。
社標には郷社とある。
社標には郷社とある。
鳥居をくぐり拝殿を望む、拝殿と本殿は一段高い位置にある、右手は集会所のような建物。
鳥居をくぐり拝殿を望む、拝殿と本殿は一段高い位置にある、右手は集会所のような建物。
拝殿を右から望む、奥に蔵があるのが分かる、手水舎は小さい。
拝殿を右から望む、奥に蔵があるのが分かる、手水舎は小さい。
拝殿を左から望む。
拝殿を左から望む。
拝殿を正面から望む、丹精で美しいシルエット。
拝殿を正面から望む、丹精で美しいシルエット。
拝殿内部、非常にシンプルだ。
拝殿内部、非常にシンプルだ。
本殿は小さいが彫り物が立派。
本殿は小さいが彫り物が立派。
彫り物と合わせて組物もなかなか凝った作りとなっている。
彫り物と合わせて組物もなかなか凝った作りとなっている。
本殿は大きな覆屋に入っている。
本殿は大きな覆屋に入っている。
拝殿前の広場にある集会所。
拝殿前の広場にある集会所。
拝殿より乗入を望む、のどかな風景。
拝殿より乗入を望む、のどかな風景。

感想

由緒書はないので詳細不明。

「延喜式神社の調査」によると以下のデータが残る。

ご祭神は、大山祗尊、以下諸説あり。
 『神名帳考証』阿智使主
 『神社覈録』伊奘冊尊
 『特選神名牒佐太大神
天長2年(825年)佐陁神社に大川神社を勧請。
天明2年(1782年)製作の幟に「佐陀神社大河大明神」。
明治6年(1873年)式内佐陁神社と指定。
明治10年(1877年)式内社取り消し。
江戸時代までは「佐陁大川明神」と呼ばれていた。

とある。

綾部市史によると

現在佐陀を神名とする神社はない。
栗町佐陀尾にある大川神社から昔から佐陀神社大川神社ととなえ、式内社であると伝えてきたので、明治6年大川神社を式内佐陀神社と指定された。その後、同町沢神社側より沢は佐陀よりきた名称で、沢神社が式内佐陀神社であると主張したので、明治10年式内指定を取り消されたままである。
大川神社蔵、寛永14年(1637年)に認められた神官橘有次の「大川神社由緒書」には、「前何鹿郡式内社十二社之内栗邑鎮座佐陀神社」に大川大明神を勧請してまつるようになったのは天長2年(825年)で、「世上万人の知るところなり」とある。
こうした由緒からきたものであろうが、天明2年(1782年)の古いのぼりに、「佐陀神社大河大明神」と書いたものが残っている。『地理志料』・『神祇志料』・『神社かん録』などはみな大川神社を式内社佐陀神社に当てている。
祭神については諸説があって、阿智使主(渡会氏神名帳考証)・伊奘册尊(神社かん録)・大山祗命(明細帳)・佐太大神か(特選神名牒)などまちまちである。

とある。

延喜式神名帳・丹波国・何鹿郡の「佐陁神社」の論社2つのうちの1つ。

当地は周囲に古墳が多く存在し古くより開けた場所のようだ。
殿山古墳・沢古墳・以久田野等の古墳が密集する地域となっている。

栗町集落の中に溶け込んでいて周囲との境はなくおおらかな印象だ。
社域は、2段となっており石垣が組んであり手前に小さな橋がある。

社殿は拝殿と覆屋に入った本殿で構成されている。
拝殿がシンプルだが美しいシルエットだ。
本殿は、大きくはないが檜皮葺で見事な彫り物が施されているのが印象的。

社域に古木・巨木が多くあり古くよりここに鎮座しているのが分かる。
きれいに手入れされていて近隣に大事にされている様子が伝わる神社。

注意点

集落の中は道が非常に狭いので注意。

訪問ノート

訪問日 :2018/10/28
交通手段:クルマで訪問
カメラ :RX100