比定社:多治神社

式内社コード:262-100
神名帳社名:多沼神社、タヌマノ
社格:小
所在地:629-0323 京都府南丹市日吉町田原宮ノ前1
plus code:5GXC+H8 南丹市、京都府
※Google Mapで上記の Plus codeを検索すると表示されます。

アプローチ&ロケーション

日吉ダムの北側の京都府道19号園部平屋線沿いに鎮座。
正面には田原川が流れ、ちょうど支流の川が田原川に合流する地点。
田原川の流域は比較的開けた場所で古来から農業も盛んな地域。
また田原川沿いに進むと周山街道に接続する街道筋だった。
駐車スペースあり。

ハイライト

緑の濃い落ち着いた社域。

国指定重要無形民俗文化財

田原の御田
田原の御田は、御田植【おたうえ】とも呼ばれ、一年間の稲作作業過程を、実際の作業が始まる前に、あらかじめ模擬的・芸能的に演じて、その年の豊作を祈るものである。一〇名ほどの歌い手と、牛や早乙女【さおとめ】を演じる子どもが加わるが、一連の作業は、二名の大人が、すべて軽妙なセリフのやりとりと物まねで演じ、また田植えの場面は、昼前の作業と昼休み後の作業に区切られ、それぞれ決まった田植え歌を歌う。

国指定記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財

田原のカッコスリ
田原のカッコスリは、地元の多治神社の秋の祭礼の折りに、稚児【ちご】を中心に、鼓【つづみ】や太鼓【たいこ】、笛の演奏者と踊り手が、踊り手の歌にあわせ踊るもので、中世に流行した風流【ふりゅう】踊の様子をうかがわせる。

写真

多治神社を正面から望む。
多治神社を正面から望む。

右側(東)を望む。神社の前は京都府道19号園部平屋線でこちらは周山街道方面。

左側(西)を望む。こちらは園部方面。神社前には田原川が流れている。
左側(西)を望む。こちらは園部方面。神社前には田原川が流れている。
民俗芸能保存会謹製の由緒書。慶雲年間に創祀、ご祭神は大山咋命、天太玉命、本殿は宝暦年間に建て替えられたとある。
民俗芸能保存会謹製の由緒書。慶雲年間に創祀、ご祭神は大山咋命、天太玉命、本殿は宝暦年間に建て替えられたとある。
一の鳥居をくぐると砂利の参道がふるく左に曲がりながら続く。
一の鳥居をくぐると砂利の参道がふるく左に曲がりながら続く。
南丹市教育委員会謹製の文化財の説明書き。国指定重要無形民俗文化財の田原の御田が伝わる。
南丹市教育委員会謹製の文化財の説明書き。国指定重要無形民俗文化財の田原の御田が伝わる。
二の鳥居越しに拝殿を望む。鳥居のむこうには田原川の支流が流れていて橋を渡るようになっている。
二の鳥居越しに拝殿を望む。鳥居のむこうには田原川の支流が流れていて橋を渡るようになっている。
橋を渡ると正面に拝殿、右手に社務所、左手に手水舎。
橋を渡ると正面に拝殿、右手に社務所、左手に手水舎。
手水舎。
手水舎。
拝殿は極シンプルな形式。
拝殿は極シンプルな形式。
本殿を右側から望む。本殿の正面に2本の木があるのが特徴的。
本殿を右側から望む。本殿の正面に2本の木があるのが特徴的。
本殿を左側から望む。垣の中に入って参拝することができる。
本殿を左側から望む。垣の中に入って参拝することができる。
本殿を正面から望む。あまり来たことのない風景だ。
本殿を正面から望む。あまり来たことのない風景だ。
本殿は大きく立派。宝暦年間の再建とある。
本殿は大きく立派。宝暦年間の再建とある。
彫り物と組物が少し施されている。
彫り物と組物が少し施されている。
本殿を右側から望む。大きく立派で状態も良い。
本殿を右側から望む。大きく立派で状態も良い。
本殿より拝殿を望む。緑がきれい、四季折々楽しめる社域だと思う。
本殿より拝殿を望む。緑がきれい、四季折々楽しめる社域だと思う。
左手には社務所がある。
左手には社務所がある。
社務所も雰囲気のある建物となっている。
社務所も雰囲気のある建物となっている。
社務所の横から見上げたところ。緑がきれい。
社務所の横から見上げたところ。緑がきれい。
二の鳥居の橋を横から見たところ。川が流れており橋がかかっている。
二の鳥居の橋を横から見たところ。川が流れており橋がかかっている。
二の鳥居越しに参道を望む。
二の鳥居越しに参道を望む。
参道より一の鳥居を望む。前の道は京都府道19号園部平屋線、その向こうの川は田原川。
参道より一の鳥居を望む。前の道は京都府道19号園部平屋線、その向こうの川は田原川。

感想

由緒書きによると(民俗芸能保存会による)

由来
神社誌によれば、奈良時代の慶雲年間(西暦704~7年)に天智天皇第三皇子田原左大臣により創祀された。
神階 正一位 延喜式内社(国史所載)
祭神 大山咋命、天太玉命
文化財
一、本殿(京都府登録文化財)
本殿はこれまで四度建て替えられており、現在の本殿は江戸時代の宝暦五年(西暦1775年)、播州の宮大工室田仁左衛門の手による。建築様式は二間社流れ造りで、この種のものでは丹波地区で最大級である。
一、御輿二基(日吉町文化財)
江戸時代後期の弘化二年(西暦1845年)、氏子の寄進で京の宮大工吉野屋甚之凾の手により製作された(費用四十五両)
一、民俗芸能「田原の御田」(国重要無形民俗文化財)
鎌倉時代後期の徳治二年(西暦1306年)、豊作祈願の奉納神事として始まる、毎年五月三日祭典執行後奉納される。
一、民俗芸能「カッコスリ」(京都府無形民俗文化財)
室町時代初期の応永二十一年(西暦1414年)、豊作感謝の奉納神事として始まる。毎年十月十五日までの近い土曜日の宵宮祭直後と翌日の例祭直後、および神輿渡御の間二回奉納される。

とある

緑が多い落ちついた社域はよく手入れされており非常に気持ちが良い。
四季折々の表情を見せてくれる社域はいつ訪ねても目を楽しませてくれる。
二の鳥居前にも茅葺の建物があり非常に雰囲気がある。

国指定重要無形民俗文化財の田原の御田をぜひ見てみたい。

注意点

特になし。

訪問ノート

訪問日:2019/5/18
交通手段:クルマで訪問
カメラ:RX100M3

各種式内社データへのリンク

御祭神等の詳細データは以下をご参照ください。

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