比定社:古奈為神社
式内社コード:317-030
神名帳社名 :古奈為神社
社 格:小
所 在 地 :679-0301 兵庫県西脇市黒田庄町小苗82
Plus Code :3287+WJ 西脇市、兵庫県
※Google Mapで上記の Plus codeを検索すると表示されます。
アプローチ&ロケーション
「こなえじんじゃ」と読む、地名の黒田庄町小苗は「くろだしょうちょうこなえ」と読む。
国道175号線の船町交差点を東へ入り兵庫県道139号山南多可線に入る。
250メートルほどで突き当りを北へ700メートルほど北上すると到着する。
川の方角へ工場の間を入っていくとすぐ南向けの鳥居がある。
道路の反対側に駐車スペースあり。
訪問しやすさ指数
管理人の独断による訪問しやすさの点数を付けてみました。
管理人の独断による4つの観点、秘境度・交通の至便さ・徒歩でのアプローチ状況・探索の必要性、を点数化しました。
各点数が低ければ容易、高ければ難易度が高くなります。
式内社訪問の際の参考にしていただければ幸いです。
【秘境2】社域がどのような所なのか
5:秘境度MAX、深山幽谷で野生動物に注意レベル
4:秘境度はかなりのモノ、近くに人間がいないレベル
3:かなり自然の中の神社、時々人を見るレベル
2:近くに集落があり、子供が遊んでいるレベル
1:都会の神社、誰もがフラッと入れるレベル
【交通2】交通機関の状況
5:クルマのみ、4WD車等の特殊なクルマでしか行けない険しい場所
4:クルマのみ、普通のクルマで大丈夫だが林道等の条件の厳しい道路
3:クルマのみ、普通のクルマで普通に行ける
2:電車・バス等の公共交通機関はあるが制約が多くクルマのほうがベター
1:電車・バス等の公共交通機関で容易に行ける
【徒歩1】徒歩区間の長さと難易度
5:片道30分以上歩く、坂がきつい、やぶこき必要レベル
4:歩きは20分以内、がっつりトレッキング、危険箇所あり
3:歩きは15分以内、坂や石段があって軽くトレッキング、所によっては滑りやすいとかあり
2:歩きは10分以内、トレッキング要素ありだが容易
1:歩きは5分以内、容易
【探索2】発見難易度
5:何回も訪問しないと分からないレベル
4:周辺をかなり歩き回らないと分からないレベル
3:少々見つけにくいが見つけることができるレベル
2:目印があって比較的容易に見つけることができるレベル
1:目立つのですぐ見つかるレベル
ハイライト
播磨国と丹波国の国境、さらに篠山川と加古川の合流点という立地。
写真
感想
黒田庄町謹製の東はりま加古川水の新百景 川下祭(かわすそまつり)古奈為神社によると
1 川下祭
加古川と篠山川の合流点に近い黒田庄町小苗の古奈為神社
では、7月30日に「川下祭」が行われ、鳥居の前に竹の柵を組んで
川下さんをお祭りします。小苗は加古川舟運が反映した当時、
筏引持ち越し場所があったところで、この祭はそれとの関連が
見られるものと思われます。
2 はっつぎ
小苗の谷川に架かる橋の付近は、「はっつき」と呼ばれて
います。上流からの筏を組み直して下流へ流すため、筏を組み
直す場所を設けたことに由来します。
3 わたりこしの地蔵
「わたりこし」とは、小苗から北の篠山川の対岸まで歩いて
渡り山南町村森へ通じる古道です。川を渡る際の基準地点
の役割を担っていたようです。
平成13年度自治振興事業 黒田庄町
とある。
「延喜式神社の調査」によると以下のデータが残る(追加修正あり)。
ご祭神は、木花開耶姫命 稚産霊神。
弘安10年(1287年)7月造営。
承応4年(1655年)本殿建立。
享保20年(1735年)3月造営。
明治7年(1874年)2月村社。
大正10年(1921年)1月25日神饌幣帛料供進神社指定。
江戸時代までは「子動明神」「伊次三社大明神」「齋大明神」と呼ばれていた。
当社は古くより女神を祭る社として伝承されてきた。
別当寺である就泉寺の伽藍の下に社殿があつたと伝える。
とある。
兵庫県神社庁によると
主祭神:木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)
配祀神:稚産靈神(ワクムスビノカミ)
由 緒:
創立年不詳。
延喜式神名帳搭載の神社にして御祭神の産室の御神威を崇敬して、安産の神と尊信されている。丹波の国の篠山川と佐治川が合流して加古川に流入する地が鎮座地であり丹波国と播磨国の分岐点である。
とある。
古奈為神社のある当地は、東からの篠山川と西からの加古川と合流地点の東岸の平地にある。
篠山川は篠山市街から、加古川は北は青垣町あたりから氷上町を経由して長い流域を持っている。
さらにこの地点で合流して加古川として1本となり瀬戸内海まで繋がっている。
想像するに兵庫県の中央部と瀬戸内海を結ぶ大変重要な舟運を担っていたのだろうと思う。
黒田庄町謹製の川下祭(かわすそまつり)説明書きによると『小苗は加古川舟運が反映した当時、筏引持ち越し場所があったところ』とある。
古くから荷物を集積したり積み替えたりする基地の役目を果たしていたのだろう。
周辺には舟運に関係すると思われる地名が多数残っている。
また当地は播磨国と丹波国の国境にあたる場所で、舟運と合わせて大きな役目を持っていたのだろうと思われる(個人的見解です)。
それだけに早くから開けた土地のようで周囲には以下の遺跡等がある。
小苗・前田遺跡、小苗・前山A1~7号墳、小苗・前山B1号墳、小苗古墳群、小苗・岩尾北1~8号墳、小苗・大森B1~5号墳、小苗・大森A1~6号墳、小苗・岩尾南1~15号墳、小苗・大森1~5号墳(兵庫県考古博物館資料による)。
古奈為神社のご祭神は、木花開耶姫命・稚産霊神。
創建時の詳細なお話が伝わっておらずご祭神の木花開耶姫命との関係は不明だ。
かつては神宮寺に就泉寺があったが廃寺となっている。
古奈為神社へのアプローチは比較的分かりやすい。
国道175号線の船町交差点を東へ入り加古川を渡る兵庫県道139号山南多可線に入る。
250メートルほどで突き当りになるので北へ曲がり兵庫県道139号山南多可線を700メートルほど北上すると到着する。
人家や工場が建つ地域で県道からは見えづらいがこんもりとした社叢があるので比較的分かりやすい。
川の方角へ工場の間を入っていくとすぐ南向けの鳥居が見える。
道路の反対側にありがたいことに駐車スペースがある。
工場の西側に南面した鳥居があり広くはないが社域が広がっている。
現在は本殿裏がグラウンドになっているが、かつては広い社域を持っていたものと思われる。
印象的なのは社域に巨木が多く残っており古くからここに鎮座していることが分かることだ。
鳥居をくぐると拝殿前の広場となる、それほど広くはないが右側にも一段高い社域があり児童公園になっている。
拝殿は腰壁少し付いただけの開放的な造りとなっている。
拝殿の後方には幣殿、そして本殿と続いている。
建物は全般的に状態がよく、それほど比較的新しいのではないだろうか。
本殿は大きくはないが組物が立派、その組物に彫刻が多数施されていて凝った作りとなっている。
本殿後方の広場が周辺地域の方々の憩いの場となっているのが素晴らしい。
社域は手入れが行き届き地域に大事にされている様子がよく分かる。
播磨国と丹波国の国境において舟運を司っていたのではないかと思われる神社。
注意点
特に無し。
訪問ノート
訪問日 :2018/10/7、2023/8/6
交通手段:クルマで訪問
カメラ :RX100、α7S3 + FE16-35mm F2.8 GM
各種式内社データへのリンク
御祭神等の詳細データは以下をご参照ください。