比定社:伊智神社
式内社コード:275-160
神名帳社名 :伊智神社、イチノ
社 格:小
所 在 地 :669-5322 兵庫県豊岡市日高町府市場935
Plus Code :FRM3+FC 豊岡市、兵庫県
※Google Mapで上記の Plus code を検索すると所在地が表示されます。
アプローチ&ロケーション
「いちじんじゃ」と読む、地名の府市場は「ふいちば」と読む。
府市場の集落の東の端の平地に鎮座。
場所としては国道312号線の府市場北の交差点から東へ450メートルほどの場所で円山川の堤防のすぐ内側。
集落の中の道は狭小なので注意。
クルマは周辺に駐車可能。
訪問しやすさ指数
管理人の独断による訪問しやすさの点数を付けてみました。
管理人の独断による4つの観点、秘境度・交通の至便さ・徒歩でのアプローチ状況・探索の必要性、を点数化しました。
各点数が低ければ容易、高ければ難易度が高くなります。
式内社訪問の際の参考にしていただければ幸いです。
【秘境2】社域がどのような所なのか
5:秘境度MAX、深山幽谷で野生動物に注意レベル
4:秘境度はかなりのモノ、近くに人間がいないレベル
3:かなり自然の中の神社、時々人を見るレベル
2:近くに集落があり、子供が遊んでいるレベル
1:都会の神社、誰もがフラッと入れるレベル
【交通2】交通機関の状況
5:クルマのみ、4WD車等の特殊なクルマでしか行けない険しい場所
4:クルマのみ、普通のクルマで大丈夫だが林道等の条件の厳しい道路
3:クルマのみ、普通のクルマで普通に行ける
2:電車・バス等の公共交通機関はあるが制約が多くクルマのほうがベター
1:電車・バス等の公共交通機関で容易に行ける
【徒歩1】徒歩区間の長さと難易度
5:片道30分以上歩く、坂がきつい、やぶこき必要レベル
4:歩きは20分以内、がっつりトレッキング、危険箇所あり
3:歩きは15分以内、坂や石段があって軽くトレッキング、所によっては滑りやすいとかあり
2:歩きは10分以内、トレッキング要素ありだが容易
1:歩きは5分以内、容易
【探索3】発見難易度
5:何回も訪問しないと分からないレベル
4:周辺をかなり歩き回らないと分からないレベル
3:少々見つけにくいが見つけることができるレベル
2:目印があって比較的容易に見つけることができるレベル
1:目立つのですぐ見つかるレベル
ハイライト
円山川に向いて鎮座していること
参道が円山川から入ってくることを前提としていること。
写真



















感想
神社謹製の由緒書によると
村社 伊智神社
鎭座地 府市場字褚根
祭 神 神大市姫命
境内社
日吉神社 大山咋神
一宮神社
愛宕神社
須賀神社 須佐之男神
芝 神社
稲荷神社
由緒
大宝三年(七〇三年)春三月国司櫟井臣春日麻呂(いちいのおみかすがまろ)がその祖を於市の丘に祭った(国司文書)とあり。
延喜式小社に列し近世八王子大権現と稱せしも明治二年伊智神社と改稱 同六年十月村社に列せられる。
境内社 日吉神社は大津市の日吉大社祭神大山咋神を勧請したると思はれる。
田園を守護する神である。
本社の西方に一宮の旧跡があったが洪水により流出した。
本社の東にある宝筐印塔は上の郷の満仲山の城址より出土したもので近年境内に移転せしものである。
とある。
「延喜式神社の調査」によると以下のデータが残る(追加修正あり)。
ご祭神は、神大市姫命。
大宝3年(703年)国司櫟井臣春日麿創祀。
天和3年(1683年)本殿再建(追加)。
天保6年(1835年)本殿再建(追加)。
明治2年(1869年)伊智神社と改称。
明治6年(1873年)村社。
江戸時代までは「八王子大権現」と呼ばれていた。
社名・鎮座地・祭神すベてが、何らかの形で「市」に関わる由緒を示唆しているが、詳細は不明である。
とある。
兵庫県神社庁によると
主祭神:神大市姫命(カミオオイチヒメノミコト)
創立年月不詳にして延喜式の制小社に列し近世八王子大権現と称せしも明治2年(1869)伊智神社と改称す。
次いで明治6年(1873)10月村社に列せらる。
とある。
当地は、地名の通り国府に隣接した官営の市が立った場所なのだろう。
だから、水運の便利な円山川のすぐ横に位置するのだと思われる。
これほど円山川の近くで洪水は大丈夫だったのだろうか(鎮座地は堤防のすぐ内側)。
ご祭神の、神大市姫命(かむおおいちひめ)は大山津見神の子、櫛名田比売の次に須佐之男命の妻となり、大年神と宇迦之御魂神(稲荷神)を産んだとある。
市場の守護神として信仰される神さまだ。
創建に関わった国司である櫟井臣春日麻呂の事はよく分からない…。
伊智神社へのアプローチは国道312号線の府市場北の交差点から東へ入り集落の中を進む。
集落の一番南側の道を東へ450メートルほど進むと伊智神社の西側に到着。
社域と社殿は南へ向いている、しかも以前は西からの道路は鳥居前までできてなかった。
すなわち、伊智神社は円山川から船で参拝することを前提としているようだ(個人的見解です)。
だから、これほど円山川に近い場所に鎮座しているのだろうと思った。
これを市場との関係で考えると、市場に集まる物資は船で運ばれてきて、伊智神社あたりに集積されるような感じだったのではなかろうか。
市場に対して、伊智神社が重要な役割を持っていたのかもしれない。
例えば、市場への出品に対して、国として税を徴収するというようなことだ。
堤防のから続くコンクリートの参道に入ると社標があり式内とある。
比較的大きな木々がある参道をさらに進むと鳥居、鳥居の前にも東西の通路がある。
社域は大きくないが数多くの建物がある、右に集会所のような建物、左奥に倉、左手前にも倉、摂社末社も6社ある。
しかし、拝殿はないのが少し不思議な感じだ。
本殿は、天保6年(1835年)の建築だと思われるが、そろそろ補修が必要な印象を受ける。
社域はきれいに保たれていて気持ちよく参拝できる。
国府隣接の市場で重要な役割を果たした神社。
注意点
駐車場は無いので注意。
訪問ノート
訪問日 :2019/9/8
交通手段:クルマで訪問
カメラ :RX100M3
各種式内社データへのリンク
御祭神等の詳細データは以下をご参照ください。