比定社:合祀:指杭兵主神社
式内社コード:278-020
神名帳社名 :二方神社、フタカタノ
社 格:小
所 在 地 :669-6712 兵庫県美方郡新温泉町指杭338
Plus Code :JFPF+87 新温泉町、兵庫県
※Google Mapで上記の Plus codeを検索すると表示されます。
アプローチ&ロケーション
「さしくいひょうずじんじゃ」と読む、地名の指杭は「さしくい」と読む。
指杭集落の北の一番奥の山裾に鎮座。
兵庫県道260号三尾浜坂線沿いの地蔵堂の北側より集落の中を徒歩でアプローチ。
集落の中を250メートルほど行くとクランク状になった先に鳥居がある。
集落の中は道が狭く駐車が難しいので県道に駐車するしかない。
駐車場は無いので注意。
訪問しやすさ指数
管理人の独断による訪問しやすさの点数を付けてみました。
管理人の独断による4つの観点、秘境度・交通の至便さ・徒歩でのアプローチ状況・探索の必要性、を点数化しました。
各点数が低ければ容易、高ければ難易度が高くなります。
式内社訪問の際の参考にしていただければ幸いです。
【秘境2】社域がどのような所なのか
5:秘境度MAX、深山幽谷で野生動物に注意レベル
4:秘境度はかなりのモノ、近くに人間がいないレベル
3:かなり自然の中の神社、時々人を見るレベル
2:近くに集落があり、子供が遊んでいるレベル
1:都会の神社、誰もがフラッと入れるレベル
【交通3】交通機関の状況
5:クルマのみ、4WD車等の特殊なクルマでしか行けない険しい場所
4:クルマのみ、普通のクルマで大丈夫だが林道等の条件の厳しい道路
3:クルマのみ、普通のクルマで普通に行ける
2:電車・バス等の公共交通機関はあるが制約が多くクルマのほうがベター
1:電車・バス等の公共交通機関で容易に行ける
【徒歩3】徒歩区間の長さと難易度
5:片道30分以上歩く、坂がきつい、やぶこき必要レベル
4:歩きは20分以内、がっつりトレッキング、危険箇所あり
3:歩きは15分以内、坂や石段があって軽くトレッキング、所によっては滑りやすいとかあり
2:歩きは10分以内、トレッキング要素ありだが容易
1:歩きは5分以内、容易
【探索3】発見難易度
5:何回も訪問しないと分からないレベル
4:周辺をかなり歩き回らないと分からないレベル
3:少々見つけにくいが見つけることができるレベル
2:目印があって比較的容易に見つけることができるレベル
1:目立つのですぐ見つかるレベル
ハイライト
すぐ北側が海岸となっている立地。
写真
感想
由緒書はないので詳細不明。
「延喜式神社の調査」によると以下のデータが残る(追加修正あり)。
ご祭神は、素戔嗚命。
創立年月不詳。
新温泉町指杭に鎮座する。二方神社は現在社殿無く神霊は当社に鎮座している。
三宝荒神、天王社とも称された神社だが、明治になって兵主神社と改称。
とある。
兵庫県神社庁によると
主祭神:素戔嗚命(スサノオノミコト)。
創立年月不詳
中世以来、天王社、三宝荒神と称せしも明治初年(1868~)兵主神社と改称し、明治6年(1873)10月村社に列せらる。
とある。
延喜式神名帳・但馬国・二方郡・二方神社の合祀先となっている。
二方神社は度重なる洪水そして大雪で社殿が倒壊し、神霊は現在では仮に指杭の氏神である兵主神社に移されているとある。
移されるという表現はどう解釈したらよいのだろうか。
合祀なのか、ご神体の避難なのか、戦後のいつの時代なのか、近代のことなのに不明な点が多すぎる。
資料を見る限り一応合祀という形を取っているようだ。
合祀:指杭兵主神社のある当地は、日本海に向けて開けた浜坂に流れ込む久斗川と岸田川の合流地点から北へ1.5kmほどの田井川流域沿いに開けた谷筋の中流域にあたる場所。
温泉町指杭は早くから開けた土地、周囲には以下の古墳等がある。
指杭古墳・糸城遺跡・糸城城跡(兵庫県考古博物館資料による)。
また北側の隣村である温泉町田井も同様で、周囲には以下の古墳等がある。
釜谷古墳・二方古墳・松村古墳・飛宣谷古墳・猪淵古墳・鶴山古墳・森古墳・猪谷古墳・小枕古墳・村中古墳・浜谷古墳・松村遺跡・田井城跡・村中遺跡・田井薬師寺跡(兵庫県考古博物館資料による)。
海に近い田井のほうが圧倒的に古墳等が多く古くより開けていたようだ。
合祀:指杭兵主神社のご祭神は、素戔嗚命。
兵主神社としては一般的なご祭神である。
合祀:指杭兵主神社へのアプローチはそれほど難しくないが集落の中に駐車スペースが無いので県道にクルマを駐車し徒歩でのアプローチが必要になる。
兵庫県道260号三尾浜坂線沿いの地蔵堂の北側より集落の中へ入り徒歩でアプローチ。
集落の中を250メートルほど行くとクランク状になった先に鳥居がある。
鳥居前には田井浜探勝歩道と書かれた道標があり350メートルほどで海に抜けることができるようだ(未確認)。
海に近く浜があるだけに古くから開けた土地なのだろうと思う。
石段を登り鳥居をくぐると広場があり右手に社務所のような建物がある。
そこからさらに石段を登ると社殿のある場所に到達する。
この石段には枝葉が多く落ちていて苔むしているので滑りやすいので注意されたし。
社殿は覆屋に入った本殿のみの構成でシンプル。
社域自体は小さな谷筋に作られていて両側が尾根筋となっている。
社域の下の方は草も刈られていているのだが、傾斜の急な社殿のある場所はなかなか手入れが追いつかないような印象。
社殿は石積みや礎石の様子から江戸時代の建築だと思われる。
社殿前には大正9年(1920年)の石灯籠がある。
二方神社の合祀先ではあるが、二方神社は明確には見当たらなかった。
ちなみにすぐ東の田井集落にも兵主神社が鎮座する、両社の関係は不明だ。
二方神社の現在の合祀先であるが謎が深い神社。
注意点
駐車場は無いので注意。
石段が滑りやすいので注意。
訪問ノート
訪問日 :2021/11/4
交通手段:クルマで訪問
カメラ :RX100M3
各種式内社データへのリンク
御祭神等の詳細データは以下をご参照ください。